大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)5491号 判決 1961年6月16日

原告 近藤猶満

被告 近藤よね 外一名

主文

被告等は別紙目録記載の土地につき原告に対し所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め、

請求の原因として、

一、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は、もと亡近藤猶保の所有であつたが、昭和二六年三月一一日同人が死亡し被告近藤よね(猶保の妻)と被告近藤喜美子(猶保の二女)が相続により右土地の所有権を取得した。

二、本件土地は農地であるが、原告は昭和二七年九月三日被告両名から、右土地を代金九二、〇〇〇円で買受ける契約を締結し同日内金五二、〇〇〇円、同年一二月二九日金三七、〇〇〇円を支払い、残額金三、〇〇〇円は、亡猶保が昭和二四年一二月八日原告より借受けた金五、〇〇〇円の返還義務を被告等が相続により承継したのでそのうち金三、〇〇〇円と差引決済して前記代金を完済した。

三、其の後原告は、原告及び被告近藤喜美子を申請人とし昭和三二年一二月一〇日大阪府知事に対し農地法第五条による農地の転用に伴う所有権移転の許可申請をなし、昭和三三年二月五日知事の許可を得た。

四、よつて、原告は被告両名に対し本件土地につき所有権移転登記手続を求めるため本訴に及んだ。

と陳述し、被告主張の抗弁に対し次の如く述べた。

(一)  本件売渡契約が成立した昭和二七年九月三日の前年である昭和二六年三月一一日に被告よねの夫であり被告喜美子の父であつた猶保が死亡したのであるが、同人は死亡前の昭和二五年一月頃中風症で長らく病臥し且つ被告よねが胃潰瘍で天王寺病院に入院したため被告等は出費が嵩み八尾に在る借家と其の敷地一八〇坪位及び本件土地を金一〇万円で売つて貰い度き旨原告に依頼していたが、猶保が死亡したので相続税等を捻出のため本件土地を是非原告に買つて貰い度き旨懇請した。右土地は、昭和二六年一二月三〇日八尾市八尾第一農業委員会が右土地につき猶保に買収通知をなしたが同二七年一月一〇日同人において異議申立をなした結果同年二月一八日買収取消となり買収より除外されることになつたもので、原告は被告等と親族の間柄にあるところから同人等の希望に副うため金を都合してまで買受けたのであつて、其の際被告等主張の如き甘言を弄した事実はない。

(二)  被告等は本件売買契約の約四月前である昭和二七年五月頃本件土地の休閑地利用者桜井ことの案内で本件土地を詳しく見て知つている。従つて、右土地の状況について被告主張の如き錯誤がある筈がない。

(三)  本件契約当時右売渡につき農地調整法第四条による知事の許可がなかつたことは争はない。

(四)  原告が昭和三二年一二月一〇日付をもつて知事に対してなした農地法第五条の規定による許可申請は、本件売買契約の際原告が被告等より、本件土地を宅地に、種目の変更手続に関する一切の件を任され、被告喜美子より同人の委任状の交付を受けていたのでこれを使用してなしたのであつて何等違法の廉はない。

証拠として、甲第一乃至七号証、同第八号証の一乃至四、同第九号証の一、二、同第一〇号証の一、二、同第一二号証の一乃至三、同第一二、一三号証、同第一四号証の一乃至八、同第一五号証の一乃至三、同第一六乃至一八号証、同第一九号証の一、二、同第二〇、二一号証、同第二二号証の一、二を提出し、証人西岡恵太郎、同田村憲司、同近藤宜猶の各証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一乃至三号証の成立を認めた。

被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実は認める。

二、同二の事実のうち、被告喜美子が原告との間に同人に本件土地を売渡す契約をしたことは認めるが、其の余は否認する。

三、原告主張の三の事実は認める。

と述べ、

抗弁として次の如く述べた。

一、原告主張の売渡契約は被告喜美子が他の共有者である被告よねを代理する権限なくして、独自で原告との間になしたものであり、右契約を締結するにあたり、その動機に左の通り、二点の要素の錯誤があつた。

(一)  本件土地について昭和二六年一二月三〇日農地委員会より買収通知があつたが、原告が右の処分に対し被告等の異議申立を代行した結果右土地は買収より除外されたのであつて、再度買収処分がなされる恐れはなかつたのである。然るに、原告は被告喜美子に対し再び買収されるおそれがあるから、低価格で買収されるより原告に売らないかと申入れたので同被告は農地に関する法律知識に詳しい原告の言を信じ右買受申込に応じたものである。故に同被告の右売渡の承諾の意思表示は錯誤により無効である。

(二)  本件土地はいつでも建物建築ができるように地上げされた宅地であるが、原告が従来より管理していて被告両名は本件売買契約以前に土地を見たことがなかつたため、原告の役に立たぬ農地であるとの言を盲信し、被告喜美子が原告の買受申込を承諾したのである。故に右承諾は錯誤により無効である。

二、本件土地が昭和二七年九月三日の本件契約当時農地であつたとすれば、右契約につき農地調整法四条、農地法三条による知事の許可がないから、右契約は無効である。

三、原告主張の昭和三二年一二月一〇日付知事に対する許可申請は次の事由により無効であるから、これに対する知事の許可もまた無効である。

(一)  右申請書中被告喜美子関係部分は同被告の意思に基くものでない。前記の如く同被告の売渡の承諾の意思表示が錯誤により無効である以上右契約に際し同被告が原告に対し本件土地の種目変更の手続を委任した行為も無効である。然るに原告の右許可申請は右受任の際同被告より預つた委任状を乱用して右申請手続をなしたるものであるから、右申請手続中同被告関係部分は無効である。

(二)  右申請書に添付せる被告よね名義の相続分放棄申述書は原告の偽造にかかるものであつて無効である。

証拠として乙第一乃至三号証を提出し、被告三宅喜美子(第一、二回)、同近藤よね(第一、二回)の各本人尋問の結果を援用し、甲第八号証の二、同第一〇号証の一、二、同第一四号証の三、五、六、同第二一号証の各成立は不知、同第一四号証の二中原告関係部分の成立は不知、爾余の部分の成立は否認する。同第一四号証の七の成立は否認する。爾余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

原告主張の請求原因たる事実一については当事者間に争がない。

原告は昭和二七年九月三日被告両名より、農地である本件土地を代金九二、〇〇〇円で買受ける契約を締結したと主張するに対し、被告等は当時本件土地が農地であることを争い且つ右契約は被告喜美子が右土地の他の共有者である被告よねの承認或いは代理権なく、独自で原告と結んだものであると抗争するので、考えるに、本件土地が右契約当時農地であつたことは、成立に争なき甲第四号証、同第八号証の一、乙第一、二号証、証人西岡恵太郎の証言及び原告本人の供述に照し明らかであつて右認定を覆すべき証拠はない。しかして、いずれも成立につき争なき甲第九号証の一、二、同第一一号証の一乃至三、同第一二号証、同第一三号証、同第一五号証の一乃至三、同第一六乃至一八号証、同第一九号証の一、二と証人近藤宜猶、同田村憲司の各証言及び原告及び被告三宅喜美子(第一回)の各本人尋問の結果を総合すると原告と折衝して本件契約を結んだのは被告喜美子であるが、右売買については、被告よねは事前に被告喜美子とよく相談をした結果であつて、売買の折衝其の他これに関連せる手続上のことは一切被告喜美子に暗黙の裡に代理権を与えていたこと。そこで被告喜美子は本人兼被告よねの代行者として右契約を結んだものであつて、当時被告等は原告を深く信頼し所轄行政庁に対するその手続一切を原告に一任していたものであることを推認するに十分である。尤も成立に争なき甲第一号証によれば、本件契約につき作成せる売渡証書に売主を「故近藤猶保相続人兼権者近藤喜美子」と表示しているが、前掲各証拠によれば、右は被告喜美子が右の趣旨で表示したものであり原告は同被告の叔父であつて被告両名の間柄を熟知していたので敢て右売渡証書の売主欄に被告よねの表示がないことに異議を留めなかつたことが伺えるのであつて、右認定に反する被告各本人の供述部分は措信出来ない。されば右売渡証書に被告よねを売主として表示なきことは前記認定の妨げとはならず、他に右認定を左右にする証拠はない。

ところで、本件土地につき昭和二六年一二月三〇日附をもつて八尾市第一農業委員会より近藤猶保宛買収通知がなされたところ、同人より異議申立があつた結果右土地が買収より除外された後本件契約が結ばれたものであることは当事者間に争がないところ、被告等は、被告喜美子が本件契約の申込を承諾をしたのは、本件土地は再び買収されるおそれがなかつたのに拘らず、原告が同被告に対しこれある如く申欺き低価格で買収されるより原告に売らないかと申入れたため同被告が其の旨誤信したことによるものであつて、右承諾は動機の錯誤によるものであると主張するが、原告が本件契約をなすにあたり、右被告主張の如き詐術を弄したと認めるに足る証拠なく、また被告喜美子が右売渡の動機を表示して契約をなしたと認むべき証拠はないから、契約の要素の錯誤をもつて論ずべきものではない。更に被告等は、本件土地は契約当時既に宅地であつて農地の現況を呈していなかつたのであるが、被告等はこれを知らなかつたため被告喜美子が役に立たぬ農地である旨の原告の言を信じてこれを売渡す契約をしたのは同被告の錯誤によるものであると主張するが、契約当時本件土地が農地であることは既に認定したところであるから、被告喜美子においてこれを農地なりと信じて契約をしたというにあれば何等錯誤はない筈である。仮に右被告等の主張が土地の状況について錯誤があつたとの趣旨であれば単なる動機の錯誤に過ぎず、契約の成立には何等影響を及ぼさないと解すべきである。

次に、本件契約当時売買につき知事の許可がなかつたことは当事者間に争なきところ、被告等は右許可なきの故をもつて右契約は無効であると主張するので判断するに、農地調整法は耕作者の地位の安定と農業生産力の維持増進を図るため、農地関係の調整をなす目的をもつて、農地の売買等の効力の発生を地方長官のこれに対する許否の判断にかからしめているのであるが地方長官はいうまでもなく、当事者が将来売買等をなすかどうか未確定なものについて、当事者が若し売買等をするならばとの仮定のもとに許否を判断するのではなく許可さえあれば当事者間においては直ちに右契約の効力を生ずる程度に当事者の意思が一致しているものについて、それが法の意図する目的に副うかどうか調査の上許否を判断するのである。されば当事者が知事の許可を条件に(黙示的の場合も含む)売買契約をなすのはむしろ通常であつて、右許可を得るまでは当事者間において債権関係を生ずるに止まり、買主は未だ所有者としての権利を取得し得ない即ち所期の効力は未だ発生しないだけのことであつて、右の段階における当事者間の法律関係を無効ということはできない。

しかして、原告が昭和三二年一二月一〇日附をもつて原告と被告喜美子の両名を申請人とし、大阪府知事に対し本件農地を転用のため被告喜美子より原告に所有権を移転することにつき農地法第五条の規定による許可申請書を提出し、昭和三三年二月五日附大阪府知事より右に対する許可を得たことは当事者間に争なきところ、被告等は、右許可申請は被告喜美子の委任状を乱用し、且つ被告よね名義の相続分放棄申述書を偽造してこれを添付してなしたものであるから、右申請に対しなされた知事の許可も無効であると抗争するので按ずるに、原告及び被告喜美子各本人の供述並びに公文書なるをもつて成立を認め得べき甲第二二号証の一、二及び弁論の全趣旨を総合すれば被告喜美子は原告との間に本件売買契約をなすに際し、原告がこれを買受けた暁は右農地を宅地に種目を変更の申請手続をなすことを承認の上その手続一切を原告に委任して、自己の委任状を原告に交付したので原告は右被告喜美子名義の委任状を使用して前記申請手続に及んだものであつて何ら冒用の事実なく、被告よねの相続分放棄申述書は、原告が同被告より本件売買契約に関する承諾を得且つこれに関連する手続一切を任されていたので右許可申請をなすに際り、手続の便宜上有合印を使用して同被告名義の相続分放棄申述書を作成の上これを右申請書に添附して知事に提出したものと推認され、右相続分放棄申述書を作成するにつき名義人たる被告よねの承諾を得たと認むべき証拠はないから右作成は同被告の意に添はなかつたものであることが伺えるのであるが、そうだとしても、同被告は前叙の如く原告において同被告を代理して前記許可申請をすることについてはこれを承認していたのであるから、右相続分放棄申述書に関する瑕疵は右申請に対しなされた知事の許可を無効ならしめるものではないと解するのが相当である。

されば、被告等は原告との間になしたる本件売買契約に基き本件土地につき原告に所有権の移転登記手続をなすべき義務ありというべく、その履行を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎)

物件目録

八尾市大字八尾駅前通中二丁目四番地

一、畑 三畝一歩

同市大字八尾駅前通中二丁目八番地

一、畑 九畝八歩

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例